クーデターから9年、プラユット首相が政界引退
- 2023/7/11
- タイ政治
【タイ】プラユット首相兼国防相は11日、所属政党であるルワムタイサーンチャート党のフェイスブックへの投稿で、政界を引退すると表明した。
2014年のクーデターで政権を奪取して以来、約9年間権力の座にあったが、今年5月の議会下院(定数500)総選挙でルワムタイサーンチャート党など与党陣営が大敗し、退陣を余儀なくされた。
プラユット氏は1954年、東北部ナコンラチャシマ県生まれ。陸軍士官学校23期卒。シリキット王妃(現王太后)の親衛隊である第21歩兵連隊長、王妃の近衛師団である第2歩兵師団(東部プランジンブリ県駐屯)司令官、陸軍第1管区司令官を経て、2010年に陸軍司令官に就任。2014年5月22日にクーデターでタクシン元首相派の民選政権を倒し、同年8月首相に就任した。民主主義を制限する新憲法を制定後、2019年3月に2011年以来初めての議会下院選を実施。王党派親軍政党や軍政時代に議員を選任した非民選の議会上院(定数250)の支持を受け、首相に再任された。
完全な民主化や市場開放に抵抗する既得権益層の後押しを受け、政権を運営した。プラユット氏本人は王室、仏教を中心とする伝統的な価値を重んじる保守王党派で、常に大量のお守りを身につけている。率直、短気で知られ、記者会見中に激昂することもしばしばだった。こうした性格、信条と支持層の影響で、プラユット政権では国王夫妻と王位継承者への批判を禁じる不敬罪で多くの人が投獄された。
世界銀行によると、タイの1人当たりの国内総生産(GDP、時価ベース)は2013年の6041ドルから2022年には6909ドルに増えた。タイ統計局によると、所得格差指標のジニ係数(所得の再分配後)は2013年の0.367から2021年は0.306に低下し、格差は縮小した。ただ、富を再分配する仕組みがほとんどないため、実際には富裕層への富の集中が進んだとされる。今回の総選挙では、不敬罪の改正廃止、徴兵制の廃止、軍の改革、酒造などの自由化などを掲げる革新派政党が地滑り的勝利を納めた。民主主義を容認せず、貧富の差の解消に取り組まない既得権益層に対し、国民がノーを突きつけたかたちだ。
プラユット政権はクーデターで政権を奪取したため、欧米と疎遠になり、中国との結びつきを強めた。中国の官民との共同事業として取り組むバンコクとタイ東北部の中心都市ナコンラチャシマを結ぶ高速鉄道(総延長250.8キロ)計画は政権の看板政策のひとつだが、2017年に着工したものの、土木工事の進捗率は今年2月時点で18%にとどまっている。一方、中国からの投資は順調に増え、タイ投資委員会(BOI)が2022年に受理した外国直接投資事業の投資予定額は中国が774億バーツで1位となり、長年タイへの最大の投資国だった日本を抜いた。近年は中国の電気自動車(EV)メーカーの大型投資が相次いでいる。
プラユット政権下では国防予算が膨張し、軍は中国製の潜水艦やドック型輸送揚陸艦、戦車などの購入契約を次々に結んだ。揚陸艦は発注した4隻すべてが今年4月までに引き渡された。潜水艦は搭載予定だったドイツ製ディーゼルエンジンの対中輸出をドイツ政府が拒否したことで導入が暗礁に乗り上げている。