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【再録】戸島大佐の「在留邦人の危機管理」FILE No. 15:番外編 被害者の霊か? それとも己の弱さか?④
- 2025/10/11
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被害者の霊か? それとも己の弱さか? 鑑識任務36年の中で起きた不可思議現象-4
―― バンコクで見損ねた幽霊 ――
魂の存在を強烈に感じたことがある。日本での知り合いの女性の死だ。警視庁での宿直の夜、都内の病院から電話があり、見舞いに来てほしいと告げられた。彼女はこちらが警視庁にいると知る由もなく、こちらも彼女が入院中とは知らなかった。電話口の看護師も「伝言を頼まれただけ」と言っていた。
不思議な気持ちで病院に行くと、彼女はすでに意識がなかった。病室には夫と娘がいて、夫が用事で席を外すと、娘が急に倒れて痙攣(けいれん)し始めた。失禁した娘をソファに寝かせると、気絶したまま何やら話し出す。よく聞くと、
「見舞いに来てくれてありがとう」
「これまでお世話になりました」
と言っている。声は母親のものだった。ベッドを見ると母親は眠ったまま。どちらが話しているのか分からず、2人の顔を見比べながら鳥肌が立った。
10分ほどそんな状態が続いただろうか。夫が戻り、ソファに倒れていた娘を抱きかかえる。ほどなくして娘は意識を取り戻したが、失神したことも、何を話したかも覚えていなかった。知り合いの彼女はその後、亡くなった。日本に住んでいたころは毎年欠かさず墓参りに行っていた。彼女の魂が娘の体を使って気持ちを伝えに来た、と考えればよい。それを憑依だの生霊だのと騒ぐから胡散臭くなる。
火災で大勢の死者を出したホテルニュージャパンで、現場警備を任されていた学生たちがどうにも頼りなかった。
「『水をくれ』という声や『ひいひい』という泣き声が聞こえても、ただの幽霊だから気にするな」
と励ましたところ、何人かが本気にして逃げ出してしまった。それを週刊誌が、「刑事が話す心霊現象」と煽り、心霊スポット化させてしまった。騒ぎを起こした張本人として上司に怒られ、始末書まで取られた。(魂ではなく)幽霊と言ってしまったのが失敗だった。
ここタイでは、「幽霊かどうか見極めてくれ」という依頼があった。在留邦人が多く住むバンコク・アソーク界隈で、
「自室に夜な夜な幽霊が出る」
と憔悴する単身駐在員がいた。深夜2時ごろになると、ベッドの足元に背を向けてしゃがみ込むOL風の若い女性が現れ、書類を破りながら泣いているという。
「一晩泊まってほしい」
と頼まれ部屋に上がった。室内には日本の実家から送られた川崎大師のお札が何枚も貼ってある。タイの幽霊に効くのかどうか。
しばらくは真面目に座っていたが、手持ち無沙汰で部屋にあったウイスキーを丸ごと1本空けてしまい、酔ってそのまま熟睡。目を覚ますとすっかり朝になっていた。もちろん、幽霊が出たかどうかは分からない。耐えきれなくなった本人はしばらくして退職し、日本に戻った。
後日、妻子持ちで幸せなはずの日本人がそこで飛び降りた。「日本人がアソークで飛び降り自殺」と聞き、件のコンドミニアムだと直感した。
戸島国雄
日本の元警視庁刑事部鑑識捜査官、元似顔絵捜査官、タイではタイ警察から警察大佐の階級を与えられる。これまでに4冊、日タイの事件・捜査に関する本を執筆、テレビ出演も多数。現在、日本に帰国中。
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